教養学部基礎科学科紹介

大学院総合文化研究科相関基礎科学系

          教授     金子邦彦

「基礎科学科にまつわるエトセトラ」

*一言で言うと基礎科学科っていうのはどういう学科なんですか?

−自然科学の最先端に立つ人材のための学科です。各コースごとの専門性をマ スターする一方、だからといって狭い専門分野にとらわれないよう広い視野を持 った上で専門研究が行なえるような学生のための学科です。

*それは基礎、っていうイメージと少し違うのですけど。

−基礎研究というのは簡単な研究ってことではなくて、すべての自然科学の先 端を担う、もっとも重要な研究を意味しているでしょう?

*でもそれには理学部というのがあるじゃないですか?

−たしかに理学部の目的とも共通する部分はありますし、基礎科学科の目標と 相補的といってもいいかもしれません。

*どういうことでしょう。

−理学部の場合、すでに固定された各分野があって、その伝統的な枠の中での 研究、ということです。ですから、教育においても、ある限られた範囲を深く、 ということになります。基礎科学科の場合は、コースごとで専門性を持ちつつ、 広い視野をも育てることを目標にしています。ですから決まった分野の中で従来 の流れの中でよい研究を目指す場合には理学部、そういうのに必ずしもとらわれ ずに真に新しい研究を目指したい場合は基礎科学科といったらよいかなと思いま す。実際、今までの学問分野にこだわっていては本当に新しい発展を担う人間は 育たないのです。例えば、ヒトの脳の認識過程という問題に興味があったとしま しょう。この問題を考えるには、当然ながら数理的な考え方や、物理や化学の考 え方や実験手法、そして当然のことながら生物学の知識や手法、そして科学哲学 が必要になって来ます。

*でもそんなのは一人ですべてやるのは無理だし、だから専門分化しているわけ でしょう?

−むろんそうです。いざやるとなったら人ごとにそれぞれ物理的手法とか数理 的考え方とかに基盤を置くわけです。しかし、だからといって他のことを知らな い、というのでは他分野の人と有意義な話すらできないわけです。そこで基礎科 学科の理想である、「広く深く」が出てくるのです。コースごとにそれぞれの目 標を深く学ぶ、とともに他分野のことも広く知ると言う姿勢です。

*でも、実際は無理で広く浅くにならないのですか?

−なりません。確かに広く深くは、一見大変なところもありますが、一方でか えって他の分野を見た方が、専門のところもわかってくるという構図があるので す。例えば数学というのは自然科学ともともとは分離せずに始まったわけですし、 自然科学の方での動機を理解しておくとなぜそのような数理構造を考えようか、 という背景もよくわかるわけです。生体においても、量子力学とか統計力学とか 化学反応とか数理生物学を知っておくと生物のそれぞえの現象をグローバルな視 点の中で捉えてよく理解ができるということがあるわけです。

*物理とか化学とかはどうでしょう?

−物理は本来、自然の論理を探ることが目標であり、この対象だけが物理と縛 られていてはよい学問など出来ませんし、実際に最近のブレイクスルーは物理、 数学、化学、ないし生物とかいった従来の分野が融合して境界が無くなっている ところから出て来たものが圧倒的です。化学でもそうです。例えば、高温超伝導、 サッカーボール型のカーボン分子、自己触媒RNA などなど。また、理論化学とい うのは最近は世界的にみてもすごく発展していますし理論生物学もこれから重要 になると思われますが理学部では存在していません。理論自然科学ということで 物理、数理を含めてこれらには共通するものが多いわけなので、最初から物理と か生物とかいうように専門を区切った学科ではやりにくいことがあるのだと思い ます。この点、理論自然科学、というのをやる上では基礎科学科は素晴らしいと ころです。

*でも実験も大変なんではないですか?

−量的には理学部より同じかやや少ないか、くらいだと思います。基礎科学科 の学生実験で重要なことは、実験のための実験ではなくて、テーマごとになって て、それを通して基本的手法や理論を学べるという形になっているという点です。 例えば、宇宙の3度輻射を通して、電子計測、回路や雑音の基本を身につけたり、 ゆらぎの非平衡理論学ぶといった具合です。また、3年後半以降では、数理コー スでコンピュータ実験、科学史科学哲学コースでは演習をとれるような形になっ ています。このコンピュータ実験でも神経のシミュレーションなどを通して、振 動の引き込みやカオスなどを学べるとかいう形になっています。

*具体的にはどのようなカリキュラムで総合的視野と専門知識の両立を可能にし ているのですか。

−今年から基礎学科は数理科学、量子科学、物性科学、生体機能、科学史・科 学哲学の5コース体制として新たな出発を迎えました(この冬には新しい建物も できます)。基本的に、3年前半まではコース共通科目、後半からコースごとの 専門性の強い科目という形ですが、その場合でも他コースの科目をとるようにな っています。

*でも、やはり広すぎて自分の興味が決められないのでは、という不安がある のですけど。

−毎学期、小人数のセミナーってのがあって、そこでその先生のテーマに関係 した本とか論文を読みます。そこから最先端の研究の話も出て来たりして、各自 が何やりたいかとか、そのためにはどういう科目を取るべきかなどが見えるよう になっています。

*先程の生体機能コースですけど、生命認知学科との関係はどうなんでしょうか?

−同じ駒場の学科ですから、関係はありますが、生体機能コースでは、物理、 化学、数理の視点を持って生命の謎に挑む、ということがあります。例えば生物 物理というのは、生命の起源、生体分子の働き、筋肉などの運動、細胞集団の発 生過程などから脳の問題に至るまで重要なものですが、それをやりたい、という 人にとっては基礎科学科はよいところです。

*数理コースと数学科の関係は?

−これも同じ駒場の学科ですから関係はありますが、数理コースは、数理を基 盤にした理論自然科学を目指す人、ないし自然現象の問題意識をふまえて数学を 行なおうという人に向いています。前者の場合は、大学院は相関基礎科学系など 物理化学系の大学院に進学し、後者の場合は数理科学研究科に進学することが多 いかと思います。なお、数理科学研究科でもこれまでの純粋数学とは異なって、 物理や生物をふまえて研究をしている教官が増えて来ており、そのような研究室 では基礎科学科出身の院生が活躍しています。

*一般に卒業生の進路はどうでしょうか?

−これまでの基礎科学科からは、駒場の総合文化研究科の広域科学専攻の大学 院に多数進学しています。(多くは相関基礎科学系や生命環境系です。)また、数 理コースでは数理科学研究科の大学院にも(数学科なみの進学率で)進学していま す。また、企業への就職としては電機、コンピュータ、化学、バイオ等のメーカー を主として多岐に及んでいますし、大手企業の基礎科学研究所所長を輩出するな ど各分野で活躍しています。