専修紹介

 農学部第4類 水圏生命科学専修
        水圏環境科学専修
        水圏生産科学専修

 大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻
            広報担当 鈴木 譲

 大学での所属学部は一生を決定づけることにつながります.ですから皆さんは進学振分けに大き
な夢と同時に不安を抱いていることと思います.なによりも大事なことは十分な情報を得て納得が
いく進路選択をすることです.そこで皆さんにおたずねします.皆さんは農学部についてどれだけ
のことを知っているでしょうか.高校までの間に農学に触れるチャンスはほとんどありませんから
大部分の人にとっては全く未知の世界ではないでしょうか.知らないままイメージだけで進路選択
の対象からはずしていませんか?農学部とは,水圏生物科学とはどんなところか,できるだけ正確
な知識を得て進路決定の参考にして欲しいと思います.研究の内容,授業科目,将来の進路など詳
しいことはガイダンスブックや進学情報センターのコンピューターで知ることができます.私たち
農学部の教官による講義が教養学部にいくつか設定されていますから農学や水圏生物科学の一端に
触れることもできます.皆さんが直接話を聞きに来ることも歓迎します.ここではわずかな紙数し
かありませんので,詳細は省いて水圏生物科学の魅力をほんの少しだけ紹介することとします.

水圏ってなんでしょう?
 水圏という言葉にどんなイメージを抱くでしょうか.なんとなく分かっても,なにかしっくりし
ない印象をもつかも知れません.私たちもまだ慣れていないのですから無理もありません.私たち
の教育・研究内容が従来の「水産」という枠では納まらないと感じた時,水産でも海洋でもない
「水圏」という言葉を選びました.

 生物の生息場所という視点から水圏を見てみましょう.広大な海の隅々まで,氷点下の氷山の下
にも,10,000メートルを越す深海にも,熱水が吹出す鉱床のまわりにも,生物の生息していない海
はありません.水圏は陸地にも及んでいます.川,湖などです.恐山の酸性湖,熱湯の温泉,飽和の
塩水湖,さらには養殖池,金魚鉢の中も生物の生息場所です.

 40億年の昔,生命は原始の海で誕生しました.気の遠くなるような進化の長い年月の中で生物は
独自の適応戦略を身につけながら水圏のすみずみにまで進出して行きました.そしてその多種多様
な生物が互いの複雑な相互関係の中でそれぞれの繁栄をめざした結果,実に魅力的な水圏生物の世
界ができあがったのです.

水圏にはどんな生物がいるでしょう?
 スーパーの売場を思い出して下さい.さまざまな種類の魚,エビ,イカ,タコ,貝などが並んで
います.ワカメ,コンブ,海苔も水圏の生物です.食用という枠をはずすとどうでしょうか.イルカ
やアシカといった水族館の人気者,スキューバダイビングによるサンゴやイソギンチャクの美しい
映像,ちょっと郊外の池や川に棲むトンボ,カゲロウ,タガメ,アメンボなどの水生昆虫,ワムシ
やミジンコなどのプランクトン,その他海綿,プラナリア,ゴカイ,ウニなどなど,人によりさま
ざまなものを思い出すでしょう.最も下等な原生生物から高等脊椎動物の哺乳類まで,水圏は生物
の宝庫なのです.

ではその水圏生物の科学とは?
 言葉通りに水圏の生物に関わるあらゆる側面を対象とする科学です.生物機能の有効利用を究極
の目標としているのが農学部ですが,他のすべての専修が陸上の生物を対象にしているのに対し,
私たちは水圏の生物を一手に引き受けています.必然的にその扱う分野は極めて広くなりますが,
限られたスタッフですから先の先に応用を視野に入れているものの,どちらかといえば基礎研究に
重点をおいています.

私たちはこんな研究が行っています
 例えば水圏天然物化学という分野があります.水圏の多種多様な生物群は豊富な遺伝子資源とし
てのすばらしい価値があります.ダイビングにより採集された海綿,ウミウシなどの無脊椎動物が
生産する化学物質の中には,陸上の動植物のものとはかけ離れた構造や活性をもつものが数多く見
つかります.そうした中に抗ガン剤,抗カビ剤などが見つかる可能性もあるのです.藍藻,緑藻な
どの植物プランクトンの中には石油を産生するものも見つかっています.従来の「水産」とは明ら
かに異なる水圏生物科学の一端が理解できることと思います.

 もう一つ,海洋研究所と共同で行なっているウナギ研究の例を紹介します.日本人にはなじみの
深いウナギですが,その生態はあまり分かっていません.1991年,海洋研究所の白鳳丸の航海で日
本から2000キロ南の産卵海域がようやくつきとめられました.しかしどうやって親魚がそこまでい
ったのか,どのような産卵生態なのか,レプトケファルスと呼ばれる仔魚はどうやって日本まで来
るのかなど,ライフサイクルの約半分にあたる海洋生活期については断片的な知識しかありません.
私たちはこの調査にまた乗り出します.その一方でホルモン処理によりウナギに卵を産ませる実験
も行なっています.そしてその基礎となる,魚が成熟して卵を産むまでの過程に関する生理学的研
究を継続しています.水温,日長などの環境に反応してホルモンが分泌され,生殖腺に働いて卵が
発達する過程はまだまだ多くの謎が残されていますが,近年の分子生物学的手法の発展によりその
機構のかなりのところまで解明されました.いま,こうした実験室での成果とフィールドでの調査と
を互いに結びつけようとしているのです.例えば人為産卵や仔魚飼育の至適環境についてのデータ
は,,産卵場の特定に役立ちます.逆に天然親魚や仔魚からの情報は実験室内での成熟産卵管理に
欠かせません.生態学と生理学との共同研究が自然にできる体制があるのです.

学生はどんな生活を?
 3年生は授業と実験・実習が主体です.授業は基本的には誰が何をとっても構いません.ただ水
圏の3つの専修は,応用生命科学,生物環境科学,生物生産科学の各課程に所属しており,各課程の
科目の中から優先的に選択しなければなりません.その際,水圏関係の科目に限らず他分野を幅広く
勉強することも可能なのが課程制のメリットで,そのあたりは本人の自由意志にまかされます.本
郷で行なう実験,浜名湖と油壷の実験所で行なう実習は3専修共通の必修科目です.これにより水
圏生物への帰属が明確になっています.生理学,増養殖学,魚病学,環境学,漁業学と続く3週間
の実習は長くて大変ですが,自分たちで仕掛けた網に魚がかかった時の感動など,他では絶対に経
験のできない貴重な思い出となると思います.

 4年生になると,卒論研究のため研究室での生活が基本になります.研究室では大勢の留学生を
含めた大学院生らと共に楽しく過ごすことができると思います.陸上と違って思うようにならない
水圏の生物を扱っているためか,概して穏やかな性格の人達が集まっています(私は例外?).い
くらあせっても魚が捕れない時は捕れないし,実験をやってもマウスやラットのようなきれいな結
果はなかなか出ないので,そうでなければやっていけません.水圏生物科学の特徴として,実験材
料等に旨いものが多いのもうれしいです.食い放題の活きたクルマエビ(眼柄にあるホルモン分泌
器官だけが必要なのです)の陰でウナギは人気がないようです.

 研究生活を少し味わった上で,大学院か就職かを決めることになります.大学院は海洋研究所の
研究室も加わって選択肢が大きく広がり,真に自分にあった道を選べます.大学院となれば水圏生
物科学の面白さをさらに一層満喫できると思います.

おわりに
 はじめに書きましたように,ここでは水圏生物科学の魅力のほんの一部を紹介したに過ぎません.
生き物が好き,化学が好き,分子生物学に興味がある,環境問題や食糧問題をテーマに勉強したい,
旨い魚が食いたい,大海原に乗り出してみたい,研究室での生活に憧れる,まだ何をしたいか分か
らない.要するにどのような興味の持ち様でもそれなりの対応ができるのが水圏生物科学です.皆
さんを歓迎いたします.