研究施設紹介

医学部 音声・言語医学研究施設

言語神経科学部門
施設長 教授 杉下 寺弘

 医学部には解剖学や生理学といった基礎医学と内科、眼科などの臨床医学がある。それから、健康科学・看護学と国際保健学がある。これですべてかというとそうではない。その時代時代に即応する形で緊急かつ重大と思われる課題に対応すべく、設けられた「研究施設」がある。東京大学には音声・言語医学研究施設以外に、脳研究施設、医用電子研究施設、あわせて三研究施設がある。

 これらの研究施設は文字通り研究することが主体であるが、大学院教育もしており、そこには教授、助教授、講師といった教育スタッフがあり、そうしたスタッフが指導している大学院生もいる。はじめに、音声言語研究施設の内容を紹介する。

 音声・言語医学研究施設は人間の音声と言語およびそれらの障害を研究分野としている。また、音声や言語に関連する、知覚、記憶、学習などの高次機能をその研究分野としている。

 音声・言語医学研究施設は言語神経科学部門、音声・言語科学部門、音声・言語生理部門の3部門からなっている。

 言語神経科学部門では言語、およびそれに関連する記憶や学習といった問題を脳の働きと関連づけて研究している。言語など人間の持っている高次機能は以前は、なかなか科学の俎上にのりにくいものであった。それが、最近、機能的磁気共鳴画像法や脳磁図などの新しいテクノロジーの登場により様がわりしてきた。機能的磁気共鳴画像とは、健常人の脳が言語活動を行っているとき、脳のどの部分で血流が増加するか検出できる方法である。機能は磁気共鳴画像法を用いた言語と脳の研究以外、左右大脳半球を連絡する脳梁の機能の研究、脳磁図を用いた言語科学に対する聴覚領域の反応の研究、右側頭乗切除患者を対象とする右側頭葉と音楽能力の研究、盲点の研究、失語症の治療の研究などを行っている。

 音声・言語科学部門では、人の発話における音声生成過程の物理・生理学的研究、音声知覚の聴覚生理・心理学的研究を行っている。東南アジア諸言語の音響的生成的特徴を比較検討する音声学的研究を行っている。乳幼児における国語の修得過程、コミュニケーション機能の発達過程や成人の第二言語学習時における母音の平準の特性についても研究している。

 音声・言語生理学部門では磁気共鳴画像による内舌筋の構音に関する研究、中国語における声調の生成の筋電図学的研究、歌声の生成に関する研究、オウムを用いた音声言語の動物モデルの研究、病的音声の声帯振動パターンの解析などを行っている。

 大学院進学について

 東京大学医学系大学院、正式には医学研究科、には二種あり、その詳細は充分に知られているとはいえない。また、最近変わった点もある。そのようなことにふれながら音声・言語医学研究施設の大学院進学にふれる。

1)医学博士課程 東京大学医学部に属する大学院には医学博士課程と修士課程及び博士後期課程がある。前者には8専攻があり、それらは第一基礎医学専攻、第二基礎医学専政、第二臨床医学専攻、病因・病理学専政、社会医学専政、内科学専攻、生殖・発達・加令医学専攻、外科学専攻である。これらの専攻に進むには医学部卒業者か、大学院修士以上の学歴が必要である。このため、医学部以外の学部卒の学士では受験できない。いいかえれば、いずれかの大学院で修士を取得する必要がある。医学系研究科に進みたい場合、それに属する専攻の中にはどこで修士を取得すべきかについて相談にのってくれるところもある。医学系研究科の中で医学博士課程以外に医学修士課程を設置する動きもあるが実現化はされていない。

 医学博士課程の8専攻のうち、臨床の専攻すなわち、第二臨床医学専攻、内科学専攻、生殖・発達・加令医学専攻、外科学専政などはかつては医師以外のものの大学院入学を認めなかったが、一年前から認めるようになった。これらの臨床の専攻に医師ではないものが入学した場合、患者に関する研究ができないのではないかと懸念する向きがあるが、諸外国にみられるようにテーマによっては患者に関する研究も可能である。

 2)修士課程及び博士後期課程 医学系研究科には医学博士課程以外に修士課程及び博士後期課程がある。この課程には健康科学・看護学専攻と国際保健学専攻の2つがあり、共に大学卒の学士号があれば受験可能である。

 3)音声・言語医学研究施設と大学院進学 医学系研究科には「医学博士課程」と「修士課程・博士後期課程」とあるが音声・言語医学研究施設はいずれにも属しているという点で特異な立場を占めている。音声・言語医学研究施設は創設以来、医学博士課程の第一基礎医学専政に属しているので医学部卒業者あるいは他学部大学院で修士を取得したものなら受験できる。音声・言語医学研究施設は健康科学・看護学科の修士課程にも途中から属するようになったので、大卒の資格があれば、健康科学・看護学の修士課程として音声・言語医学研究施設の大学院に入学できる。

 ●学科選択とその学部での勉強への指針

 音声・言語医学研究施設など、三研究施設の大学院や、医学部の基礎医学系の大学院では医学部卒、すなわち医師の入学者は減少しており、他学部卒の修士の学生の入学が増加している。研究施設や基礎医学の研究は医師によってのみではなく他学部出身によって行なわれる傾向が出てきている。現に、教授も医師でない者の数が増えてきている。このような傾向は欧米では日本よりずっと強い。

 しかし、だからといって基礎医学等や研究施設において医学部出身者の方が不利だというわけではなく、むしろ有利な面の方が多いであろう。

 研究施設を含め基礎医学に進もうとした場合、どの学部・学科が望ましいかというと、自分が関心をもっている基礎医学の諸問題を解明し解決するのに必要な方法や技術を修得できる学部・学科を選ぶのが原則であろう。一般には理系の学部・学科が考えられるが、心理学や言語学のような文科系も関連のある分野である。

 勉学への要望としては、どこの学科に入ったとしても英文論文が書けるように英作文力をつけること、英語で議論ができるよう英会話力をつけることが必要である。学問は世界共通の普遍的なものであるから、それを語り、また書いて人に伝えるには国際語である英語が望ましい。特に学問的業績は論文として書くことによって世に知られ、世に残る。日本語で書いても狭い範囲にしか流布しないが、英語で書いてあれば世界に通用する。次に必要なのはコンピュータに関する知識とプログラムカである。従来の研究機器はボタンを押したりスイッチを切る式のものであったが最近の研究機器はコンピュータを介して換作される。このような機器操作だけでなく、データ処理、実験での刺激提示や反応記録、海外とのE-mailによるデータの送信や受信にコンピュータの知識は欠かせない。

 ●医学と他分野との関係

 音声・言語医学研究施設は、医学だけでなく物理、工学、理科系及び心理学や言語学など文科系の大学院生を受け入れており、教授も医学、物理学、心理学などの分野の出身で、インターディシプリナリーな構成である。

 どの学問分野も他の学問領域との協調により発展する傾向をもっている。医学も例外ではないが、異なる点は、医学と他の分野が平等な関係になく、医学側が主に他の分野側が従となる傾向がある。もっとはっきりいうと医学側には得をし、他の分野はメリットを得られないという関係におちいることがある。このような傾向を是正するには基礎医学に他学部出身の教官がある一定数以上存在するようにするのが一つの解決策とおもわれる。それには勿論そのような人材を育てることが前提である。

 医学部への入学は外国では大学の学部卒が条件である。一方、日本では高卒である。東京大学の場合は学部二年終了からの入学もあるが、大学卒ではなく専門知識を備えているとは言い難い。医学部以外の理系の学部の卒業者を医学部の3年からに学士入学させるのは、医学部と理系他学部との関係を密接にする一助になる可能性がある。以上は今後検討すべき課題であろう。

 少し話がそれるが東京大学の医学部以外の学部卒業者で日本の医学部に再入学するものが多い。この場合、医学部6年をやりなおすことになる。一方、外国の医学部を受験すると4年間ですむ。米国などの大学であればさらに国際的な人材となるチャンスである。この場合、大学で生物を履修していないと不利となる。生物履修を受験資格としている大学が大部分だからである。

 ●将来への展望

 医学部の三研究施設は来年四月には廃止され、医系大学院の講座となる。音声・言語医学研究施設に認知・言語医学大講座となり、従来の言語のみを対象としていたのを記憶・感情・知覚など認知も対象とするようになる。脳研究施設の三部門は、基礎神経医学大講座となる。そして、これら三つの大講座と臨床神経医学大講座(この内訳に精神神経科、脳神経外科、および神経内科などの臨床医学の科である。)が脳神経医学専攻を形作る。

 最近、脳の世紀といわれるように、脳の研究が脚光をあびている。音声・言語医学研究施設が脳神経医学に属し脳研究との関連を深めることは音声・言語の研究の発展にプラスになると思われる。また、言語や認知など高次機能の脳メカニズムは最近のテクノロジーの進歩によって解明の道が開けてきている。このような歴史的認識からも、発展が期待される。高次機能の脳のメカニズムの解明は機能的MRI、脳磁図、陽電子放出断層(PET)など新しい測定機器の導入に大きく依存している。このような機器は非常に高額なので、その導入に医学部あるいは大学全体の計画の中でなされることと思われる。解明の進んできた言語や認知の領域に関心をもち、将来の学問選択への一助になれば幸いである。


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