医学部健康科学看護学科卒業後の新しい進路

−医学系研究科国際保健学独立専攻−

医学部健康科学看護学科 高井克治

 医学部健康科学・看護学科進学者の卒業後の新しい進路として、医学系研究科「国際保健学独立専攻」を紹介したい。この専攻は、過去Xもっぱら欧米の役割であった“グローバルな視野での生命・健康問題の解明や解決”への寄与貢献を日本の国際的責務と明示し、その為の科学の基礎・応用研究、実践、人材育成を高いレベルで求めて、本医学部に2年前創設された、将来展望の高い機構である。既に、院生・教官総数約百名を擁する本専攻には、国際社会医学関連の2講座が、広く海外の機関と共同し世界の保健施策計画の研究・実践という多段階の活動を進め、又、世界各地域の多様な生命・医療問題を計量化しつつ、比較文化・倫理学を繰込む高次の科学を探索する。一方、国際的に未解決の実践問題解明には最新生命科学適用と未知の原点の解明が不可欠で、このためバイオサイエンスの実験研究4講座が代表的領域を分担し、ヒト遺伝子構造機能・病態の分子生物学、脳高次統合機能と脳の物質・代謝との時間空間的対応を求める高次の生化学、母子両個体共存期と世代分離後の発達医科学、世界の人類生態系における個体・集団・環境の三体問題形成・動特性適応の分子・動態計測に基づく科学、等を中心とする研究が活発に進んでいる。このように生命科学の基礎・実践の各専門領域が各々フロンティアで学際的に収斂するところが国際保健学専攻であるが、本専攻各講座は健康科学・看護学科学部学生の講義、実験実習、卒論研究の相当な部分を担当するので、学部学生の本専攻への理解と興味は高く、現在、当専攻各研究室所属の卒論生は10名、本学科卒業の在籍大学院生は30名を越える。各講座からの自己紹介は以下を参照されたい。

[国際社会医学関連講座]

国際保健計画学講座 人々の健康は日常的な生活の営み、特に地域社会や自然環境との関連を含めて考えていくことが重要である。本講座では、地球レベルでの資源の枯渇、環境の破壊と汚染、人口増加、経済活動と健康状態並びに医療保健制度との関連について国内外の比較研究を実施している。さらにロシア国のシベリア中央部のクラスノヤルスク医科大学、モンゴル国ウランバートル医科大学、韓国の高神大学、フィリピンのフィリピン大学、ネパール国トリブバン大学、バングラデイシュのチッタゴン科学技術大学等と大学間協定を締結し、情報の交換をはじめとして、大学院生や教育の交流を進め、教育や研究活動を行っている。

 また、WHOの西太平洋地域事務局とは我が国ではじめてインターシップの契約を結び、大学生のインターン研修を実施している。またベトナムのパスツール研究所と共同研究を実施している。これらの研究活動を通じて、途上国や先進国の社会体制、保健、経済、教育制度、環境並びに人口問題がどのように人々の健康問題に影響を及ぼしているか、人々の生活や行動様式とどのような関連性を有しているかについて研究を計画している。また国内では、WHO、UNICEFを初めとする様々な国際機関の協力を得て、今後広く国際社会で活動する人材の育成を目標としている。

国際地域保健学講座 国際医療協力は異なった社会的、文化的背景を持った人間が共同して取り組む事業であり、単なる技術や資本の移転ではない。本講座では対象地域の人々が抱いている価値観や倫理感覚を把握し、それが健康状態や医療行動、保健政策に及ぼす影響を分析している。その一方で近年非常に重要性が増している医療倫理の問題も研究対象としており、国際医療協力へのアプローチと同様、地球的な視野を持ちながら、特に非西欧諸地域への近代医療の浸透がもたらす諸問題を分析している。本講座の方法としてほ、社会調査を主体とし、医療協力活動に参加しながら面接やアンケート調査を行うことが多い。このように、本講座の研究姿勢は極めて学際性の強いものであり、社会学や人文科学の知見を柔軟に取り入れながら、さらに新しい方法の開発を目指している。しかし他方では、国際保健の現場で適切な判断を行いうる人材の育成も大きな目的であると考えている。

[バイオサイエンス関連講座]

人類遺伝学講座 ヒトの分子生物学をやりたい人には人類遺伝学講座があります。地球上の生物の中で、私たちが最も興味を引かれ、また一番よく知っているものは私たち自身に他なりません。一卵性の双子をのぞくと、世の中に同じ人間はいません。人種、男女の違い、背の高さ・血液型、病気の人と健常な人、このような多様性がある一方で私たちはみな人間であり、類人猿とは明らかに違っています。人類遺伝学は生物としてのヒトを対象に、形質や病気などを遺伝学的に記述、解析するとともに、実験的な手法を用いてその基なるものを明らかにしようとするものです。

 どういう遺伝子がどのように働いて、ある多型ができるのか、現在私たちが知っていることはごくわずかです。例えば、男性を決める遺伝子が明らかにされたのは、1991年のことですが.その遺伝子がどうやって睾丸組織形成を起こすのか分かっていません。

 これからの人類遺伝学はヒトの遺伝子を明らかにし、その働きを調べるとともに、得られた知識の医学その他の領域への応用を図っていくものです。

保健栄養学講座 保健栄養学教室では、生化学・神経科学領域の実験的基礎研究・大学院教育を行う。又、医学部健康科学・看護学科の生化学・分子生物学・生理化学・神経科学の講義・実験実習・関連卒論研究をも通年数百時間担当する。以下の主要研究テーマはいずれも、アミノ酸・関連物質を中心に当教室で誕生した「新命題」で、教授・助教授・助手・大学院生(博士8−外国人2、修士2)・卒論生、全員の協力で推進される:(1)酵素生体投与による脳内神経伝達物質セロトニン選択的除去と意識・睡眠等“脳基調’’の交替時間性の擾乱、伝達物質の代謝系間相互作用・合成酵素調節機構:(2)脳内広域放散系伝達物質の微小局所動態の時間特性と系間・領域間同調、脳の動的地図作成:(3)大脳皮質アミノ酸代謝回転逐次誘発ループ:(4)腸管長軸方向アミノ酸:セロトニン代謝局所差と擾乱応答:(5)新型アミノ酸、アミノ酸残基化酵素の探索、応用:(6)安定化可能なトリプトフアンラジカルの酵素的生成:(7)脳内アミノ酸由来の複素環神経調節物質の生成と病態:(8)脳の新型カルシウム結合蛋白の分子性質と生理的意義:(9)好酸球増多・筋肉痛症候群(EMS)発症の実験生化学的研究:二次代謝アミノ酸フェニルアミノアラニンの動物体内高度蓄積と代謝擾乱。

母子保健学講座 母子保健とは、母子の心身の健康を保持増進するためのすべての活動をいい、その基盤となる学問が母子保健学である。したがって、そのカバーする領域は広い。学部学生に対する講義としては、発達医学・母子疾病論・母子保健学・免疫学・学校保健・性教育・発生学等の教科を担当し、大学院学生に対しては「母子保健学特論(?T)(蝕U)」と通年開講している。

 教室の研究テーマは先天異常の疫学、癌・先天異常・免疫・老化の交絡、心身障害児の療育、胎児胎盤・産褥のカルシウム代謝、小児感染免疫、学校保健、居住環境の変化に伴う母子の心身健康への影響、未熟児・新生児のサーカディアンリズム等に関するものである。これらの課題に対して、実験(細胞と遺伝学的方法・生化学的方法・免疫学的方法)と調査資料に基づく統計解析(コンピュータ解析)の二方法を用いてアプローチしている。

人類生態学講座 人類生態学は、人類が環境に対して適応し生存する機構を解明する学問分野であり、健康問題についてもさまざまな要因と関連づけて幅広い視野から捉えることを目的としている。

 学部学生に対する講義としては、人類生態学・環境保健学・人口学・保健学実験検査法実習(環境分野)を担当するとともに、解剖学・生理学国際保健学・環境工学・人間工学の責任講座となっている。大学院は国際保健学専攻に所属し、新たな研究分野の構築へ向けて大学院教育の充実に努力している。

 研究の内容は、集団レベルでの人間生物学に基盤を置きながら、行動適応・栄養適応・人口動態などのテーマに取り組んでいる。研究方法も多岐にわたり、主としてアジア・オセアニアの諸集団を対象とするフィールドワーク、栄養状態などに関する実験研究、人間・環境系の将来予測を目的とするシミュレーション分析などを行っている。特に重視しているのは、異なる手法を用いることにより、複雑な人間の適応・生存・健康をできる限り総合的にかつ具体的に解明することである。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp