理学部の大学院重点化について

           理学部長 小林 俊一

 今、東大の多くの学部で大学院重点化の計画が進行中です。進学振り分けを目前に控えた諸君にとって、この重点化が何を意味するのかは重大な関心事であると思います。

 平成4年度と5年度の二年がかりで東大の理学部は大学院重点化の第一歩を踏み出しました。すなわち、これまで学部の付属物であった大学院理学系研究科を独立させ、理学部と大学院を二つの対等な独立部局にしたのです。(独立部局というのは、予算・人事などの重要事項について自主性をもつ組織という意味です。)

 理学部は何十年も以前から大学院重点化を考えてきました。その理由は、表面的には、3・4年生の数よりも大学院生の数の方が多く、教育・研究の活動の比重が大学院の側に偏っているという現状に即した組織に変革しようということにありました。しかし、もっと本質的な動機があります。一つには、理学の内容が急速に充実したために、これを修得したといえるには 学部だけでは不足であり、少なくとも修士課程の修了までが必要であるという認識に基づくものです。これは理学についての社会の人材要求が学卒よりも修士修了者にシフトしていることと軌を一にしています。第二には、理学における教育は研究と切りはなしては考えられないということです。つまり、理学では研究の場が教育の場であるという認識です。このことはこれまで大学院については実行されていましたが、当然学部学生にも当てほまることなのです。

 この案は平成2年度に理学部教授会で承認され、その内容は「理学院計画」という文書で学内外に対して公表されています。それによれば、大学院の重要さの増大、教育内容の変化と高度化、及び教育と研究の一体化の必要性に対応するために、第3、4学年と修士課程を一本化し、その上に博士課程を置くこと、そして、この全体を大学院という一つの部局とすることが計画されていました。つまり、現行の3年生以上を全て大学院生とし、本郷にある理学部の中の学部、大学院の区別をなくして、より弾力的かつ強力な教育・研究活動を行おうというものです。この理念は現在も変わっていません。

 しかし、この当初の計画は大幅な法改正が必要なために、即時そのまま実行するには大きな困難があることが、文部省との交渉の中で明らかになりました。次善の策を模索している間に、同じ様なことを考えていた法学部が学部と大学院の両方を二つの独立部局とするという方法を見つけ先行しました。

 理学部でもこの法学部の方法を検討しました。学部と研究科の統合という所期の方針とは見かけ上全く逆行する案であるために、大きな躊躇がありました。しかし議論は、大切なのは変革のきっかけである、まず出口を見つけるべきである、たとえそれが目標と逆方向であってもこの契機を逃すべきではない、との意見が大勢を占めました。とりあえず出口を出てから、行き先に向かってかじ取りをすればよいという考えです。その結果が今回の組織がえです。

 これはかなり大きな冒険であると思います。しかし殆どユニークな選択でもあるのです。

 現時点での機構では、全教官は理学系研究科に所属します。3・4年の学部学生は理学部に所属します。学部学生の教育は理学系研究科の教官のうち、これまで理学部の所属であった教官が担当します。(理学系研究科の教官には、付置研究所その他の教官も含まれますがこの人達は大学院のみを担当します。)ただし、数学に関しては数理科学研究科の教官のうちこれまで理学部所属であった教官が、理学部兼担の教官として担当します。要するに、学部教育に関する限り、実質的にはこれまでと何も変わらないのです。何も変わらなくてどこが変革かという批判は甘んじて受けるつもりです。これはまだ事の始まりなのです。(ただし大学院の受け入れ予定数は修士課程で466名と大幅に増えました。理学部への進学受け入れ予定数が322名であることと比べてください。)

 最終のゴールは学部と大学院の統合です。それを実現するために、現在理学部の付属物である大学院をまず独立させました。次のステップは、大学院を核として学部を統合し、「理学院計画」の理念を実現させることです。そのあかつきには、多様性、流動性、学際性に富んだ、教育と研究が有機的に統合したすばらしいシステムを、我々は手に入れることになるはずです。

 かつて、大学院大学というアイデアが議論されたことがあります。大学院大学は学部をもたない大学院だけの組織ですが、理学部でもこれが真剣に検討されました。その結果、大学院大学は我々の望むものではないことが明確に結論されています。すなわち、学部を包含した大学院でなければならないということです。

 今回の改革は、繰り返しになりますが、「大学院重視」ではあっても「学部軽視」、「学部切捨て」の方向ではなく、両者の有機的な統合が目標です。進学の選択にあたって心配することは何もありません。それならば、という意気軒昂な進学生を大いに期待しています。


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