農業経済学科と農業経済学の最近の動向

        農業経済学科長 田中  学

1.農業経済学科の特徴

 一般に、農学といえば自然科学の領域に属し経済学といえば社会科学の領域に属するものと思われるでしょう。おおむねその通りだといえますが、それでは農学部に属して、かつ「経済」学科と名乗るわが学科はどういう性格のものでしょうか。進学の選択に際してそういう疑問を持たれるのは当然でしょう。

 そこでまず結論を述べておけば、農業経済学は社会科学に属します。すなわち、方法的には主として経済学を用いて世界や日本のさまざまな農業問題を研究対象とする学問領域です。したがって、学科それ自体もいわゆる理科系、文科系という分け方をすれば文科系に属することになります。この点をまずはっきり理解して、誤解のないようにしていただきたいと思います。

 ところで、そうであれば農学部の中にどうして社会科学系、あるいは文科系の学科が存在しているのか、という疑問が湧くかもしれません。この点については、農学部の歴史、さらには農学そのものの歴史にかかわっています。

 農学部の前身は、明治11年(1878)に開校式の行われた駒場農学校にさかのぼります。現在ではあまり知られていないかもしれませんが、この駒場キャンパスこそ農学部の発祥の地であり、その後農科大学(明治20年代から大正時代なかばまでは学部のことを分科大学とよんでいました)を経て農学部となったのちも、昭和10年(1935)に現在の弥生キャンパスに移転するまでは、ここが農学部キャンパスでした。ちなみに、弥生(当時は向ヶ丘弥生町)は第一高等学校のキャンパスでした。つまり、農学部と一高の間でキャンパスのトレードが行われたわけです。

 いささか横道にそれてしまいましたが、農科大学に移行した当時(明治23年)、農業経済学科はもちろん存在しませんでしたが、農学科のカリキュラムには農業経済論、農業行政、日本農業論などの科目が含まれており、また明治26年に講座制が施行されたときには農学第一講座と農政学・経済学講座が含まれていました。つまり、当時の農学(主としてドイツ農学)は農業の自然科学的合理性とともに経済主体としての経営的・経済的合理性の追求を目指していたと言えましょう。当時の日本では農業の社会的比重が格段に高かったという事情もあります。

 その後、第一次世界大戦の前後から米騒動の発生、農村の貧困、地主・小作間対立の激化など、農業問題の社会的・経済的側面がクローズアップされるなかで、その社会科学的解明を目指して大正14年(1925)に農業経済学科が設立きれました。

 農学部に農業経済学科が属している歴史的背景はおよそ以上のとおりです。

2.農業経済学の最近の動向

 歴史的な説明が少し長くなりましたが、いずれにしても農業経済学の研究対象はそれぞれの時代の要請とかなり強く結びついてきたと言えるでしょう。このことは、基本的には今日においても変わらないと思います。

 その中で、最近のひとつの大きな流れあるいは特徴といえるのは、研究対象領域の国際化ということです。内容的には、たとえばガット・ウルグアイ・ラウンドなどの問題もありますが、もう少し広い意味で農業経済学の課題が世界的なつながりと拡がりを持つようになったと言うことです。そのひとつは地球上の人口の70%以上を占める開発途上国の問題であり、他方では地球規模での資源や環境の保全に関する課題があります。

1991年の夏に東京で第21回国際農業経済学会議が開催され、海外の60数ヶ国からの参加者を含めて約1,600人が出席して、熱心な討論が行われましたが、この会議のメイン・テーマは「農業の持続的発展、そのための国際強力」というものでした。つまり、現在の農業・食糧問題はもはやひとつの国の地域だけで解決しうるものではなく、世界的な視点から、また研究者の世界的な協同・協力のもとで取り阻む必要があるということです。

 農業経済学科は5つの講座(研究室)と1学年30人の学生、それに大学院生などからなる比較的小さな集団ですが、少なくともそうした最新の世界的課題に正面から取り阻む心意気だけは持っています。

 5つの講座というのは、農業経営学(農学第一)講座、農業経済学(農政学・経済学第一)講座、農業金融論(農政学・経済学第二)講座、農政学(農政学・経済学第三)講座、農業史講座の5つです。各講座の名称は一応それぞれの担当する講義科目や、主要な研究領域などの特色を表してはいますが、それほど境界がはっきりしている訳ではありません。むしろ、研究の面でも教育の面でも、学科全体としてのまとまりを重視しているのが農業経済学科の特色と言えます。先の国際農業経済学会議にも学科が一丸になって取り組みましたが、世界の、また日本の多様な農業問題に対しても同様です。

3.ゼミ・調査・卒業論文

 農業経済学科の場合、自然科学系のような実験ほありません。しかし、農業経済学の課題が前述のように、出来るだけ現実の世界や社会の要請にこたえていく、というものですからカリキュラムや教育の面でもなるべく実際の農業や食糧問題などに接する機会を設けるように配慮しています。

 まず、3年の夏学期には田無市にある付属農場で毎週1回の農場実習が行われます。田植えや、野菜の管理、家畜の世話など、短い期間ではありますがともかく実際の農業体験を持つということは非常に大きな意味があります。

 また、社会科学の重要な手法に調査がありますが、これについてはやはり3年生を対象に、農村調査論・実習が行われます。はじめに調査の仕方、調査票の作成などについて学習し、調査対象とする農村が決められ、教官と学生数名が予備調査を行ったのち、例年7月上旬に3泊4日の本調査が行われます。調査は、あらかじめ用意した調査表をもって各農家を訪問しながら行います。また、期間中の一晩くらいは農家に分宿させてもらって交流します。

 この調査は選択科目ですが、最近は2分の1ないし3分の2の学生が参加しています。その経験を基にして、自分で調査をして卒業論文をまとめる学生も少なくありません。

 こうした実習や調査以外では、毎週のゼミでの報告や討論が重視されています。前述のように比較的小規模な学科ですから、少人数でのゼミはいろいろな情報交換の場にもなっています。

 なお必修科目などは3年に多く、4年の講義科目は少なくなっています。4年になったら、出来るだけ各自の興味に応じた研究なり聴講ができるように、という考えです。

 この場合の研究とは、主に卒業論文の作成を意味しています。最近どのような卒業論文が書かれているか、ということは学生諸君がどういう問題に関心があるかということを、また広くは農業経済学の研究動向をも反映していると思いますので、この2年くらいについてその一端を紹介しておきましょう。

 「牛肉自由化と肥育牛経営の行方」、「コメ輸入自由化が雇用と価格に与える影響について」、「コメの内外価格差について」、「果汁の自由化と果実飲料市場の動向」、「小麦貿易に関する考察」(いずれもサブタイトルは省略)。これらは、農産物貿易とくにいわゆる自由化問題についての研究といえます。

 「環境破壊と貧困」、「廃棄物問題を考える」、「森林保護の立場からみた古紙の利用について」、「環境問題に対する日本の政策」、「生ゴミの堆肥化」、「資源のリサイクルに関する行政の取り組み方」。これらは資源や環境の問題をテーマにしています。

 このほか、日本の農業のさまざまな側面についてはもちろん、開発途上国の農業に関するものも非常に多く、またなかには「オリンピックと政治・経済」といったユニークなものもあります。

4.卒業生の進路

 学科創立以来の卒業生の会として「農経会」があります。その名簿をみると卒業生は実に多様な分野で幅広く活躍していますが、紙数の関係で具体的な紹介が出来ないのが残念です。情報の必要な方は学科に問い合わせて下さい。(内線:5314、5315)。


agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp