鉱物学―21世紀に向けての開花

          理学系研究科鉱物学専攻

専攻長  武田 弘

 鉱物学は、この20数年間における新しい展開にもかかわらず、古くから用いられてきた名前を保存している専攻である。このことは、動物学、植物学とともに鉱物学の自然史学における基礎科学としての地位を重視してのことである。古来、鉱物学は地球の地殻に産出するほぼ均質な結晶質物質に関する総合的な科学であった。1969年から始まった月・惑星探査の進展と、我々の直接手に取り研究し得る地球外物質である隕石などの研究の進展により、固体惑星物質科学と言われる境界領域の学問にも進展してきた。地球においても地殻の物質のみにとどまらず、地球の下部マントルや核に到るまでの地球深部物質についても、超高圧高温での実験や量子力学的シミュレーションによる研究も盛んになっている。

 歴史をもう少し古くへたどり、物質の基本的構成単位についての原子や分子の概念が出された時代にも、鉱物学は、?線で結晶の内部構造が決定される以前に、天然に産する結晶の形態の基本法則より、固体の結晶質の物質中では、最小単位が3次元的に規則的周期的に繰り返しているという、結晶内での基本単位の分布規則についての理論が完成されていた。単結晶?繰回折装置と結晶構造解析の理論及びコンピューターの発展により、鉱物の分類や相転移が原子レベルで議論できるようになったのも、そう遠い昔ではなかった。

 この分野は、結晶学という複合領域の学問としても発展してきたので、当研究室でも重要な鉱物の基本構造の多くが解析されてきた。それらに基づき鉱物に特徴的な多形やポリタイプに関して、結晶構造の面から多くの研究がなされてきた。この伝統は現在にもひきつがれ、鉱物結晶学は鉱物学専攻での教育と研究の1つの柱となっている。天然に産する蛋白質にも相当する複雑な無機物質も、その中に結晶構造の基本単位とは異なる基本単位を考え、その規則的変調構造を考えることにより、これらの物質に関する理解と応用は、非常にうまく考えられるようになった。

 このような鉱物学的・結晶学的な基礎分野の発展の上に、冒頭で述べた固体惑星物質科学の分野では、鉱物に残されたその形成と進化の記録を、最新の物質科学的手法で引き出し、太陽系の起源や惑星の物質進化の研究が行なわれている。1969年のアポロ計画を始まりとして、新たに発展した惑星科学の分野では、隕石や月試料、地球の深部からの物質などの固体惑星物質の研究が、その発展の一翼をになってきた。この20数年間にわたるこの方面の研究の発展により、我々は、地球を取りまく太陽系物質について、膨大な情報を蓄積しつつある。

 この間の状況は、ちょうど19世紀半ばに、ヴィーグル号などの世界各地の探検により、地球全域における動植物についての情報が飛躍的に増大した時代に似た状況を呈している。このような分野の一層の発展を期待して、鉱物学専攻では理学部の大学院重点化にともない新期に発足した広域理学専政に「惑星物質進化論」大講座を開講し、関連分野との学際的研究教育の発展に邁進している。惑星探査や、星間塵、コメットの研究などでは、宇宙科学研究所と共同で学際理学大講座「宇宙物質科学」を持ち、共同の教育研究にあたっている。

 さらに近年、始源的隕石中のダイヤモンド、コランダム、SiCなどのプレ・ソーラー粒子が注目を集めている。これらは、原始太陽系に集積した星間徴粒子(100nm―数十μm)の内、太陽系初期の高温期を生き延びたものである。そこには宇宙でのいろいろな元素合成過程を特徴づける同位体異常が残されている。プレ・ソーラー粒子の物質科学的研究とともに超新星爆発時の元素合成と関連づけて研究するため、天文学専攻の教官にも兼任として参加してもらっている。

 21世紀になると、日本も惑星探査機を打ち上げ、月面基地を作ったり、小惑星物質の回収を始める機運が盛り上がっている。月面基地のための資源鉱物の利用、小惑星探査に基づく、新たな実証的太陽系起源の発展など、この時代に鉱物学は再び大きな開花の時代を迎えることが約束されている。この時代は、アメリカの西部開拓や、明治時代の日本の開国時代、戦後の半導体産業の発展に相当する、新たな太陽系開拓の時代である。我々の先輩はこれらの変換期に、現在の通産省の地質調査所や新日本製鉄(当時の八幡製鉄)を創設して時代の発展に尽くしたり、高純度大口径シリコン半導体を合成して、日本の情報産業の発展にも貢献した。21世紀に活躍を期待されている諸君の前にも、大きな未来が待っていてくれているのが、鉱物学の21世紀である。

 以上のような話を聞いてもわかるとおり、鉱物学における物質科学的な手法は、対象物質さえ変われば、多くの物質工学の分野や産業において役立つものである。量の少なくて、貴重な隕石を、あらゆる最新の物質科学的手法で研究する教育を行なえば、それはそのまま、人工鉱物の合成物の中での鉱物の形成状態とその特性化(キャラクタリゼーション)にも応用できるものである。非常に興味ある隕石について、十分知的欲求を満たした後で、産業界でも十分活躍出来る素地が養える。このような鉱物学の分野は、物理学や化学と関連した物性学や固体物理学との関連を持ち、新物質や超高圧物質、高温超伝導物質の合成などとも関連してくるので、物性研究所の教官にも協力講座として参加してもらっている。

 鉱物学の人間生活に有益な面で資源科学とは別な一面も紹介したいと思う。最近世間では環境問題がいろいろ議論されていて、一つの例を挙げれば、炭酸ガスによる温室効果、オゾンホール、酸性雨などよく話題にのぼる。これらを本当にグローバルな問題として解決するには、単に大気や海洋などだけでなく、これらの気相、液相と平衡にある地球表層の固体物質との反応も考えに入れなければならない。炭酸ガスを炭酸カルシウムとして固定するカルシウムを含む鉱物と大気や雨に含まれる化合物との鉱物表面での反応、海水からの鉱物の析出など、鉱物学の扱える分野である。これらの反応は、表面の非常に薄い層で起こるので電子顕微鏡を使った物質科学的研究が必要となる。これらの分野は環境物質科学と呼ばれるもので、今後の人間生活をより快適なものにするのに役立つことが期待されている。 

[進学に際して] 鉱物学と聞いてまず思い浮かべるのは、リュックを担いで山に昇り、石を捜してルーペで覗いたり立派な結晶を眺めて愛でているといった姿ではないかと思う。このようなイメージがあるのは、名前の古めかしさとともに中学や高校における地学の授業の影響もあると思われる。聞くところによると、表紙に鉱物とか岩石といった文字があるだけでその本の売上が落ちるそうである。生物学がいち早く古いイメージを脱却してしまったのに比べて、地学はまだ古いイメージを残しているが、実際には、前述したように先端幾器を駆使した研究を行なっている。卒業後の民間会社への就職についても、斜陽産業へしか行けないのではないかと危供する人もいるかも知れないが、鉱物出身の諸先輩は電気、半導体、情報と言った先端企業で活躍している。

 進学後、3年生は地学科として地質学科と同じ講義を受け、4年生から地質と鉱物とに分かれ卒業研究を始めることになるが、講義はどちらのものも受けることが出来る。また、理学部へ進学すれば他学科の講義を本郷キャンパス内を巡ることにより幅広く(数学、物理学、化学、生物学など)受けることが出来るので、折角東京大学へ入学したのですから一度本郷へも来てください。

 鉱物学専攻では、大学院重点化に伴い大学院の定員増が行なわれたこともあり、大学院進学は比較的容易である。理学関係では大学院進学希望者が多いので、大学院への進学の難易度についても3年生進学時に調べておくほうが良いだろう。また、大学院では、教官ほ兼任というかたちで他学科の大学院の教官となっている場合も多い。つまり大学院では、複数の学科から院生を受け入れる教官が多くいるということである。従って、大学院でぜひ指導を受けたい教官が決っていて、3年進学時の点数が不幸にして低い場合は一考の余地があるだろう。どの教官がどの学科の兼任になっているのかについては、事務室で大学院便覧をみせてもらえば判る。例えば、鉱物学専攻には、宇宙科学研究所、高エネルギー物理学研究所、東京大学物性研究所、地震研究所、及び天文学専政の各教官が参加している。さらに全般的な詳しい情報については下記に気楽に問い合わせてください。

連絡先:03−3812−2111,内線4548     宮本 正道(専攻主任)


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