「農業工学」の新傾向

      農学部農業工学科
   進学指導担当 中 村 良 太

1.傾向の概略

 進学する皆様方に、最近の学科の傾向について、お知らせしておいた方がよいと思われます。 この学科は、最近とくに内容が急速に変化・発展している学科の一つと考えられます。その背景には、今までの狭義の農業から、最近の 「地域・地球環境」、「バイオシステムエンジニアリング」へと、世の中の需要が拡大し、価値観も変化したことがあります。また、従来、生物・作物などを含むものは、情報化や工業的生産のもっとも困難な分野でした。それが最新の技術革新のおかげで具体化できるようになってきたという、技術フロンティアの一部分に学科が位置するということもありましょう。

 もともと、この学科は、農学部の中では数少ない数学・物理を基本とする学科の一つでした。しかし、数学・物理的あるいは工学的な手法は農学の中で広く各所で必要とされます。またこの学科は、広く理Iおよび理IIの範囲からクロスオーバー的な人を多く集めてきたことも事実です。それらの要素ため、学科の研究分野は生物分野をとりこみつつ広範囲に展開することになりました。

 現在、生物の生産・利用と環境保全の節度ある均衡と調和を促進することは、21世紀に向けた人間の健全な生存に重要な問題としてクローズアップされてきています。そのため、「工学」と「生物」の両面からシステム的に総合計画する技術がとくに求められるようになり、それにつれてこの学科の研究のが重要性が増し、その影響が及んできているといえます。 その現在の内容を具体的に見てみましょう。

2.個々の変化内容
a) 農地・農村の環境に関わる分野:食料生産の基盤である農地、そして農村空間をいかに守り向上させるかを研究しています。水田の持つ水質浄化機能のおかげで、河川や湖沼の汚染が食い止められていますが、それらの水質メカニズムの解析を行います。また、とくに土地利用調整や生活施設の配置など地域の計画の研究を通じて、緑豊かで快適な農村空間をいかにして作るかを考察しています。近年、この地域計画に新しい手法が導入されてきました。衛星リモ
ートセンシング、地理情報システム(GIS)などを使っての計画で、これによってこの分野の研究はいっそう進むでしょう。

a) 水利環境の分野:地球規模で考えれば、食料の確保は依然として大きな問題です。今まで乾燥地などの農業のために、巨大なダムが作られてきました。しかし一方で、これによる生態系や水環境の破壊問題は深刻です。そのためダムにもさらに別の能力を付加し、環境を守ることが必要になって来ました。今日までの経済性を重視した水利システムの建設は、短いスパンを対象とした経済性のみを追求していました。これからは、地域の水環境に留まらず、地球環境をも視野に入れた環境と調和する水循環システムの保全・開発が課題です。

b)土と生物・環境との関わりを研究する分野:土は生物を育む資源です。例えば、土地の砂漠化をくい止めるために、その土の保水性や透水性を測定し、雨や蒸発などの水の出入りを厳密にシミュレーションして将来予測と制御、更に土の物理性の改良を考えます。また、微生物作用や化学変化も含めた土による自然浄化の物理機構を研究します。世界の穀倉地帯で深刻な土壌侵食をくい止める為の基礎実験は、卒論学生も加わって進めています。このような研究に触れる機会として、土壌物理学、農業地水学、土質力学などを学部で開講しています。

c) 生物と環境に関する分野:今後、人類社会は益々、いろいろな面で生物に依存し、また生物との共生を目指すようになるでしょう。そこで重要なのが、生物と環境の関係です。この分野は、いわば、生物学・生態学と工学との接点を扱っているといえましょう。対象は、小は試験管の中の細胞や植物体の成長と微細な環境との関係から、大は地球規模での環境問題までとさまざまです。たとえば、植物の組織培養や閉鎖人工生態系(CELSS:宇宙基地での食糧生産・消費を含めた生態系と考えてください)などです。その他、この分野への人工知能の応用なども対象としています。

d) 生物と機械との関わりを研究する分野:生物工学の中で、特に機械工学の側面から研究を進める分野です。本分野では、生物生産に用いるロボットの研究や、生物を対象とした計測・制御の研究を行っています。生物生産のロボットとしては、バイオテクノロジによる種苗生産システムに用いるロボットや、フィールドにおける自分の位置を自動的に認識して走行する自律走行ロボットなどがあります。生物やフィールドを対象とする場合、それらの持つ多様性のため高度な知能化が必要とされます。その他に、外界の変化に応答する植物のダイナミクス解析を行うバイオメカニクスの研究、植物の培養など生物生産分野の研究も行います。

f) 生物を対象としたプロセス工学の分野: 我々は多種多様な生物を、食糧としてさまざまな形にして利用しています。この分野は 「ポストハーベストテクノロジ」と総称され、生物のプロセスを物理化学的に明らかにしながら、これをコントロールしたり、加工したりして食卓を豊かに彩るための工学が展開されています。すなわち、バイオプロセスに関連して、生物材料の環境応答反応や食品の理工学的性質、先端加工技術の開発、計測・制御法、さらには機械・施設の設計や合理化などを教育・研究の対象としています。

3.就職
 かつて、この学科は「農業土木」と「農業機械」の二専修に分かれていた時代があり、農林水産省や農業機械メーカーに就職しました。しかしさらに、一般の大手の建設会社や総合機械メーカーにも多数就職し、多くの役職者を輩出しています。最近ではこれらの会社が環境やバイオの部門に本格的に乗りだし、その面でこの学科の卒業生がとくに求められています。食品関係の製造会社でも製品の開発やプラントの自動化などに携わるなど、その活躍ぶりは多彩です。

 最近の地球環境問題は、「解析と予測」の時代から「具体的対策」の時代に入りつつあり、その中で砂漠緑化や乾燥地農業開発などはとくにこの学科の得意とするところです。外国(農水省から派遣の各国大使館書記官やFAO,世界銀行など)に出て第一線で活躍する人も急増しています。研究分野での大学・研究所などへの就職はいうまでもありません。

 このように、この学科の内容が発展し、学科への研究の需要が急増しているのにもかかわらず、学科や研究室の名称は、数十年前からそのままになっていたことは認めなければなりません。現在学科では、新しい学科名(専攻名)について検討をはじめております。生物、環境、工学などのキーワードを含むような形などが候補になっています。

 もっと詳しい情報については、農業工学科(農学部の4号館)事務室に気軽に問い合わせてください。または、私あるいは学科のどの先生でも、よろこんで説明をするでしょう。

 連絡先:学科事務(03-3812-2111,内線5339)
     進学指導担当 中村(内線5346)