人類は、独自の道を歩み始めて以来、その発 達した頭脳によってさまざまなものを生み出し てきました。そのようなもののうちの精神的所 産といえるものに焦点を当てて、多様な観点か らその現在の状態と歴史を研究する分野が人文 科学と呼ばれるものです。文学部はそうした人 文科学を専門とする学部であり、東大文学部の 場合、次にあげるように、現在27の専修課程が 存在し、その学問的性格によって4つの類に分 かれています。
このように多くの専修課程があって、研究対 象が多様なのは当然ですが、学問の方法論も専 修課程によってかなり違っています。文学部と いうと、文献研究が主であるといったイメージ があり、分野によっては今もそれが当たってい るところもありますが、フィールド・ワークに よるデータの収集とその分析、コンピュータ等 の最新機器を利用してのデータ処理なども盛ん になっています。
文学部における教育の特色の一つほ、研究室 と深く関連しつつ行われる小人数教育だといえ ます。学部学生は、そこで、講義担当教官からの 指導のみならず、助手や大学院生からのアドバ イスを受けることができますし、自分で図書な どの参考資料にあたって調べることもできます。
文学部を卒業した学生の一部(去年の場合は 約30%)は、さらに研究を進めることを目指し て大学院に進学します。大学院(人文科学研究 科、社会学研究科)には、文学部の専修課程に ほぼ対応する専門課程があります。これらの研 究科は、その創設以来、日本の人文科学を担う 数多くの人材を育ててきました。私たち教官が 大学で教育にたずさわっている最大の目的の一 つは、将来を託すことのできる優れた研究者を 育てることにあります。人文科学は、物質的な 生産には直接関係しないために、ともすれば軽 視され勝ちですが、人間そのものをその本質に おいて研究する分野ですから、この水準を向上 させることができるか否かは、日本人が、心豊 かな国民として成長してゆけるのか、それとも 単なるエコノミック・アニマルと見られ続ける のか、を決定する大きな要因の一つといえます。 そういう意味から、私たちは、現在よりももっ と多くの学生諸君が、研究者を目指して大学院 に進学することを望んでいます。
文学部を卒業して就職する学生の多くは、官 庁ではなく、企業に入っていくようです。去年 の場合、就職希望者のほぼ全員が就職していま す。従来、東大文学部卒業生は、いわゆる官僚 とか経済人とは異なるもう一方の翼、在野的イ ンテリゲンチャーとして、日本の文化を支えて きたといってよいでしょう。ある分野の職につ くのにどの専修課程に進むのが有利かといった ことについては、ここでは紹介するスペースが ありませんので、あとで触れるガイダンスブッ ク等を参照して下さい。就職希望だけれど、ど の方面とはまだ決まっていない人は、一般的に どの専修課程が就職に有利かということで選ぶ のも一概にいけないとはいえませんが、大学に いる間ぐらいはそんなことを考えないで、自分 の勉強したいことが勉強できる専修課程を選ん だほうがよいのではないかと思います。少なく とも、そういうやり方のほうが文学部っぽいと 思います。
分野によって違いはありますが、文学部が追 求している学問、つまり、人文科学では、勿論 卓越した能力があるに越したことはないのです が、コツコツとした積み重ねがものをいうとい う側面が大きいようです。そういう積み重ねと いうのは、その仕事がある程度好きでなければ できませんから、素直に自分が何をやりたいか を内省し、それに従うのがよいと思います。ま た、人文科学のもう一つの特徴は、研究する人 の創造性が大きな意味を持っているという点に あります。今まで研究があまりなされていな かった分野の開拓や、今までとは違った発想や 方法論による調査や分析が大きく評価されます。 おそらく、文学部は、自分のやりたいことを伸 び伸びと勉強できる面白い所であるという点で は、どの学部にも劣らないでしょう。まだ、文 学部に進学するかどうか決めていない人も、こ のような特色が気に入ったら、文学部へ来て下 さい。
これまで、文学部は文学部のことを教養学部 の学生諸君に紹介する点であまり親切とはいえ なかったのですが、今回、いくつかの点で改善 をはかることにしました。
最後に進学振り分けについてつけくわえます。 本来、学生は自分の進みたいところに進めると いうのが理想ですし、上に述べたような文学部 の特色からいってもそうなのですが、なにぶん 収容力の問題があり、志望者が定数を越した専 修課程では、その全員を受け入れるわけにはい かず、第一志望のところに進めない人が出てき ます。残念ですがやむを得ません。文学部全体 としては、少なくとも近年は余裕があり、どこ かには進めるようです。ここで強調したいのは、 現在志望者の少ない専修課程でも、単に時の流 れでそうなっているだけで、学問的な面白さや 必要性に違いがあるわけではありません。みん なが志望するから自分もそこへ、というのでは なくて、自分に何があっているか、何をやりた いかをよく考えて進学先をきめ、第一志望があ ぶなければ、自分の希望がどこへ行けば部分的 にしろ適えられるのかを検討して第二・第三志 望などを決めて下さい。また、文科三類以外か らの志望者についてですが、文学部は、原則的 には受け入れています。ただし、文科三類の教 育が文学部進学後の専門教育に(も)耐えられ るように配慮されているのに比べて、他類の教 育は他の学部への進学を前提として行われてい ますので、そのような教育を受けた学生が文学 部進学を志望した場合、そのすべてが文学部の 教育に耐えられるか、文学部としても若干の不 安があります。やむを得ず、文科三類からの志 望者に対するよりは高い要求をしています。し かし、傍系進学で文学部に来た人で人文科学の 優れた研究者として活躍している方も多く、ま た、たとえば理科的な基礎教育を受けた人をも 必要としている分野もあります。文三の場合よ り高い要求といっても、少し勉強すれば十分ク リアできる水準ですので、文三以外に入ったけ れど文学部へ進学したくなった人は積極的にそ うした準備を今からして下さい。