最近の獣医学と獣医学科

     農学部獣医学科

      進学指導担当  局 博一


 我々人類の祖先が、樹上生活者としての生存 法に別れをつげ、道具を手にし後足で歩行する ようになったとき、大地にはすでに長い進化の 道のりを辿った末に、草原の覇者となったエク ウス(一指馬)が眼に留まったことであろう。 原野を群れをなして疾駆するエクウスの勇姿に 人類は特別な感情を抱いたに違いない。ウマが 最初に家畜化されたのは紀元前2500年頃、 アジアー帯でまだ文明化されていない人々によ ると考えられている。紀元前2000年には、 中国とメソポタミアですでに家畜としてのウマ が記録に残されている。

 イヌとヒトとのかかわりは、それよりももっ と古い時代から形成されていたと考えられる。 ヒトはオオカミから狩猟のやり方を会得し、ま たオオカミを家畜化することで、自らの狩猟の 効率を高めたに違いない。イヌはおそらく人類 が繁栄することで、生活圏を拡大しえた希少な 動物種の1つであろう。

 ヒトと動物のかかわりの長い歴史の中で、家 畜は食糧として、狩猟、農耕のパートナーとし て、そして軍事の兵器として、大きな役目をな してきた。一方では、人々の内に潜む動物への 親愛の情念は家畜化への動機と自然普及の推進 力になったものと思われる。今日、同じ地球上 に住む動物とヒトは究極的には同一の起源に拠 るものであり、同一の環境を共有するものとの 世界感が人々の間に浸透しつつあるといえる。

 獣医学科は、従来より高等脊椎動物に関する 研究と教育を重点的に行っていますが、現代社 会における食糧増産、安全性研究、環境問題へ の取り組みに対する要望の高まりを背景にして、 獣医学教育6年制への移行も契機となって、近 年大きく拡充発展してまいりました。獣医学科 は従来10講座で構成されていましたが、平成 元年度には2講座(獣医公衆衛生学、獣医臨床 病理学)、翌年度にほさらに2講座(獣医生化 学、獣医動物行動学)が新設され、現在は合計 14講座を抱えるまでになりました。また、同 時期に応用動物科学専攻の2講座(応用免疫学、 応用遺伝学)も新設され、わが学科から2講座 が協力講座として連帯するなど、相互に密接な 関係を保っています。獣医学科の関連施設とし て、農学部附属牧場(茨城県)、農学部附属家 畜病院(弥生キャンパス、昨年度新施設でオー プン)があり、また医科学研究所(港区白金台 )には獣医学研究部と実験動物施設があります。

本学科は一般の他の学科とは異なって、6年制 教育をとっていることに大きな特徴があります。 6年間の内の最後の2年間は、旧制度の修士課 程に相当します。したがって、大学院には修士 課程がなく、すぐに博士課程となります。本学 科の場合、博士課程は修了までに4年間を原則 としています(特に認められた人には3年間で の修了もありうる)。卒業生は、製薬会社、食 品会社、商社などの民間会社を中心に、官公庁 (研究職、行政職)、大学教官など、社会の各 層に幅広く就職することができます。ことに獣 医学がバイオメディカルリサーチの分野で果た している役割は誠に大きく、このことが広く各 界で認められている点は有難いことです。獣医 臨床は大動物臨床と小動物臨床で少し性質が異 なる面がありますが、本学科ではどちらの教育、 研究も行っています。ただ本学の場合、卒業後 に臨床獣医師となる人はそれほど多くないのが 現状です。最近の傾向として、大動物臨床をめ ざす人が全国的に減少してきており、大変頭の 痛いことです。また、近年は女子学生の獣医学 科への進学も増えつつあり、これほ全国的な傾 向とも軌を一にしています。

 本学科は前にも触れたように、高等脊椎動物 を重点的に扱っており、さまざまな動物種の“機能”(はたらき)と“形態”(かたち)、お よび“正常”(健康)と“異常”(病気)に関 して多面的に追求することを身上としており、 広く生物界に対する正しい知識と高度な技術を 得ることを目標にしているといえます。獣医学 科に進学してきた学生はまず、動物の形態の多 様性に新鮮な驚きを感じることでしょうし、肉 食動物と草食動物の大いなる違いに気づくこと でしょう。たとえば、骨格の構造や心電図の波 形一つをとってみても、マウスからイヌ、ネコ、 ウシ、ウマにいたるまで、それぞれに異なって おり、実に豊かなバリエーションがあることが 知らず知らず身についていることでしょう。また動物にも癌ができるということを聞けば、驚 く方もおられると思いますが、実は動物には人 間とは比べものにならないほど多くの腫瘍が発 生し、しかも動物種ごとにその現れ方が違って います。今、世間で大いに騒がれているエイズ にしましても動物の世界では古くから存在する ウイルス性疾患の一つにすぎません。また、近 年は、愛玩動物としてのイヌやネコも長寿時代 に入ってきたために、昔ほそれほど注目されな かった病気が、今では重要視されるものが増え てきました。このような教育、研究過程を通じ て比較生物学的な視点が養われることを切に 願っています。

 以上、獣医学科の現状について主な点を述べ ましたが、参考までに、本学科の講座名および 関連施設をまとめて下に示しました。なお獣医 学科の雰囲気を知りたい方は、毎年開講される 全学一般教育ゼミナール(今年度は「日本の家 畜・日本の畜産」、「高等動物の比較生物学」、 「哺乳類の生命工学基礎論」)が為になります ので受講されると良いでしょう。