医学部保健学科から健康科学・看護学科へ                     

医学部健康科学・看護学科
教育委員長
大橋 清雄

口の悪い人だったら、ナカグロ(・)学科とで も呼ぶでしょうか。単に学科名そして椚座名変 更に留まらず、保健学科は約30年振りの拡充 改組を行い、本年4月から、図のような健康科 学・看護学科が挺生しました。以前から、保健 学科には「顔の見えない」学科という評判があ ったようです。少しでも「顔が見える」ように、 この拡充改組に至った経緯や、新しいカリキュ ラム、進学する皆さんへの期待などについて述 べてみます。

 保健学科の前身は、昭和28年に医学郡に誕生 した衛生看護学科です。当時の記録によると、 衛生看護学科の設置目的は「保健学、看護学、 育児学に関する学術を授け社会相祉に奉仕する 指導的女性を養成する」となっており、(もち ろん当時の)次代の看護指導者養成のため、G H Q(東大生なら知っていますね)により当時 進められていた看護教育変革と歩調を合わせた 形で設立されたのです。設立直後に出されたパ ンフレット「衛生看護学科のめざすもの」は当 時の雰囲気を感じさせ興味深いものです。曰く、 「はじめ世間では、『着護婦に大学教育をして どうするんだ』というような声があった。一方 書面をもって、アメリカの病院に入院した経験 を述べ、『日本の看護婦もあのように願いたい ものだ、それには今度のような計画で、しっか りした教育を授けて養成してほしい』旨をいっ てきた人もあった。」今から考えれば受け入れ る土壌(世の中の雰囲気とでも言いましょうか) の熟成が不十分であったのでしょう。また、入 学者を女子に限ったり他の学科のような前期課程 ・後期課程制をとらないなど、東大全体の中 では変則的な存在であったこともあり、衛生看 護学科は、昭和38年に保健学科へ学科名改称 を行い、衛生看護学科よりも広範囲の、健康の 保持・増進に関する知識・技術の体系を特色と する学科へと変身したのです。

 この変身が、看護教育の機能を温存したまま に行われたことが保健学科の「判りにくさ」に つながったようです。実際、最近は、毎年数人 に対し看護婦(士)教育を行っていますが、学 科そして大学院の教育・研究の主体は「健康科 学(H e alt h S cie n c e s)」にあ りました。文部省の書類上では看護婦学校に位 置づけられながらも、保健学科は、H e alt h S cie n c e sに関するわが国ではほと んど唯一の特色あるかつ充実した「学校(アメ リカ流の表現を用いればS c h o o l  o f Health  S cie n c e s)」として、 この方面の人材を多く育成してきたのです。

 テレビ・新聞等で看護婦不足、とくに看護教 育に携わる人材不足が切実な問題となっている ことはご存知でしょう。看護婦不足を解消する ために、また看護婦志望者の高学歴志向に応ず るために4年制の看護系大学を設立する計画は 目白押しなのですが、悲惨なことに、教員とし ての資格を有する人材が払底しているのです。 現在日本では約70−80万人の看護帰さんが 働いていますが、4年別大学の卒業生はわずか 0.1%、新卒者中に4年制大学卒業生の占める割 合もわずか1.7%です。医療技術が進み、医師・ 患者関係が変化する中で、一般の看護婦さんに もより高度な知識・技術が要求され、さらに指 導者には、幅広い教育とセンス、しっかりした 価値観、さらに教育・研究者には、問題の把掘から分析・表現に至るまで高度な力が要求され ると思います。このような人材の教育が可能な 「学校」は現在の日本にはほとんど無いと思い ます。われわれが保健学科で行ってきた、また 今後行おうとしている教育を看護教育にも発展 的に展開すること、これが今回の拡充改組の目 標の一つです。

 健康科学の教育・研究をさらに充実させるこ とも目標のーつです。たとえばAIDSを例に とれば判るように、健康に関わる問題は病院内 の医療の充実のみでは解決できません。AID Sに限っても、患者数・感染者数・感染ルート を把掘し今後を予測し、新たに開発された治療 法やワクチンの評価を行い、文化・風土の違い を認識しつつ、国際的な連携のもとに教育・キ ャンペーンを行い、また患者・感染者に対して は医療機関内のみならす社会全体としての対応 を定めていかねばなりません。これらの実行に はすべて、健康科学の方法論と専門家が大きく 貢献できるのです。この点で、本年4月に新設 された独立専攻(特定の学部や学科に立脚しな い大学院のことをこのように呼びます)国際保 健学専攻は重要です。この大学院はすべての学 部の卒業生に門戸を開いていますが、健康科学 ・看護学科の学部数育にも協力し、研究協力も 密接に行われるでしょう。

 さて、今回の拡充改組に伴って、カリキュラ ムなどさまぎまな制度上の変化がありました。 進学生からみて重要と思われる点を列記します。 カリキュラムとくに講義内容の詳細については 進学情報センターに資料を用意してありますの でそれらを参照下さい。

1.専門教育は2年後半から開始されます。 3 年前期までは基礎科目と基礎的な実習が全員共 通で行われます。3年後半から、看護婦(士) ・保健婦国家試験受験資格が得られる看護コー スと健康科学を深く専攻する健康科学コースに 分かれます。ただし、このコース制は緩いもの です。卒業研究が不要な看護コースに属してい ても、主に健康科学コースを担当する講座で卒 業研究を行うことが可能です。(また、われわ れは奨励いたします。)今年は看護婦(士)資 格を取得しようとする4年生がこれまでになく 多い状況です。その半分程度は現場で看護婦( 士)として働くというより、他の分野で働く場 合の資格にしたいという意向です。企業の健康 管理室、医療現場や医学研究のコーディネータ ー、製薬会社での臨床開発など、資格が生かせ る分野はますます増えていきそうです。

2.健康科学コースの科目は大きく、環境・生 命科学、情報・システム科学、行動科学の3科 目群にわかれています。それぞれの科目群の科 目を深く履修しまた卒業研究を行うことにより、 健康科学の専門家(あるいはその卵)としての 素養が身につくと思います。

3.健康科学・看護学科の進学生の定員は約4 0名ですが、本年4月から各月20名の編入生 を迎えるようになりました。編入生は短大の卒 業生で既に看護婦(士)の資格を有しています。 本年は15名の女性が編入し、うち7名は現場 のバリバリの看護婦さんでした。(6月20日 の日本経済新聞の夕刊の一面記事「歴戦の看護 婦、東大生に変身」をご覧下さい。)一部編入 生専用のメニューがありますが、大部分は進学 生と一緒に勉強することになります。学力差な ど正直なところ当初は心配したのですが、教室 は良い雰囲気です。現場の厳しさが自ずと進学 生にも伝わり、実習など、例年にもまして績極 的・主体的な取り組みが目だちます。

4.健康科学は極めて学際的な分野であり、ま た看護の領域では受験制度としての文科・理科 の区別は意味がありません。そこで、健康科学 ・看護学科では関係部局との調整が済みしだい、 文科系からも進学者を迎える予定です。要望科 目は設けない方向で話し合いが進んでいます。 もし可能なら、平成5年度(つまり今夏)から 始めたいと考えています。関心のある方は教務 に照会して下さい。  

少し「顔」ははっきりしたでしょうか。実は できているのは輪郭だけで、細部は、そして顔 の後ろにある実体は、みなさんの将来の活躍に かかっているというのが実状です。健康科学そ して看護学は日本ではまだまだよちよち歩きの、 しかも重要な、学問としては楽しい分野である と思います。本年からは駒場の学生に対する見 学会も実施しています。多少なりとも当学科を 知った上で、意欲的なみなさんに進学していた だければと思います。


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