第32回 びっくり病の新遺伝子変異

トップページに戻る


 今から10年前くらいに、びっくり病の遺伝子がわかって、研究者たちがひっくり返ったことがある。この病気は、大きな音などに対して人並み以上に驚いて1メートルも飛び上がったり、身体を丸め手を半分握るような驚愕反応を示すのである。アメリカにはこのような人たちが住む村があって、その人たちは昔フランスから移住してきたので、「Jumping Frenchmen」と呼ばれていたそうだ。

 なぜ皆が驚いたかというと、この人たちの遺伝子変異が抑制性伝達物質のグリシン受容体α1サブユニット上に見つかったからである。驚愕反応は、実は抑制性神経伝達の異常だったからである。このときも面白いことがいろいろ見つかっていて、異常を持つ神経細胞ではグリシンが普通より高濃度でないと効かないとか、通常グリシンの代わりに働くタウリンが働かないとか(タウリン、知っていますね。ドリンク剤に入っている含硫アミノ酸です)、興味深い治験がわかっていた。

 ところが世の中には、びっくり病の人がいろいろいるもので、家族性びっくり病の原因遺伝子が次々と見つかってきたのがこの10年のことで、グリシン受容体α1サブユニットの他に、グリシン受容体βサブユニット、膜タンパク質ゲフィリン、グアニンヌクレオチド交換因子ARHGEF9などに異常が見つかっていた。

 ところが、大きな音やポンと背中をたたかれたりすると大げさに驚くのは(もちろん本人たちにとっては笑いごとではないが)、家族性ではない孤発例の人たちの方が多いのである。またその中には、幼児の睡眠時無呼吸で命に関わる人たちもいるのである。そこで、グリシン神経伝達のどこかがおかしいのだろうと、グリシントランスポーターを調べたところ、遺伝子変異が見つかったのである。

 神経伝達物質は、神経末端からシナプス間隙に放出されると、隣の神経表面の受容体に結合するか、拡散していくか、分解されるか、元の神経に再吸収されるかのどちらかである。この最後の反応を担うのがトランスポーターで、前シナプス膜にあってシナプス間隙から伝達物質を神経末端に吸い上げる働きがある。有名なドーパミントランスポーターは覚せい剤の標的だし、セロトニントランスポーターはうつ病の薬プロザックの標的である。グリシントランスポーターには2つあって、グリアにあるT1は双方向的なグリシンの輸送にかかわり、グリシン神経にあるT2は吸い上げだけに働いている。びっくり病の遺伝子変異はグリシントランスポーターT2にあって、グリシンの再吸収効率が悪かったのだ。

 この話は、犯人がわかると芋づる式に共犯者がつかまるという、まるでドラマを見ているような進行になっているのが興味深いのだが、家族性でなくてもいつかは原因が見つかるものだという研究者にとって嬉しい教訓が含まれているので紹介した。「ワッ!」と驚かされてびっくりした経験がある人は、びっくりの程度も遺伝で決まることを思い出していただこう。

(2006.10.23)