第2回 脳科学研究のターニング・ポイント

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 脳や遺伝子を調べることによって、私たちの心の動きが明らかになってきており、医学的に言うと「これらを考慮しない心理学は、学問としてもはや成り立っていない」というような状況になってきている。ここで最後のカウンターのような仕事が発表された。図書館で、ついこの間出たNature誌9月19日号の269ページを見ていただきたい(英語の勉強にもなります)。

 それは、臨死体験が脳の電気刺激で再現された、というものである。臨死体験とは、生死をさまよった時の経験で、典型的なのが霊魂遊離である。これは、空中から自分の身体を見おろして、医者が自分を蘇生させようとしているのを見おろすという感覚である。人生をパノラマのように一瞬で回顧するとか、細い道を通るというトンネル体験もよく語られており、蘇生した後は地球との一体感を感じるようになるというが、こんなことは私たちの理解を超えている(皆さん、HEARTとEARTHは一文字入れ替えただけ、って知っていますか?)。ついこの間まで、私でもこんなことを言われたら、「バカな!」という一言で片づけていた。

 ところが、側頭葉てんかんの患者に対して大脳皮質の電気刺激を行ったところ、特定の部位を刺激したときに霊魂遊離感覚が生じたのである。まず2〜3mAで刺激したところ、「ベッドに沈んでいく」とか、「高いところから落ちている」感覚が生じ、刺激を3.5mAに上げると、「私自身がベッドに横たわっているのが上から見えますが、両足と下半身しか見えません」と答えたのである。興味ある実験結果は本文を読んでもらうことにして(どこを刺激したかは、自分で読んで下さい)、人工的に大脳皮質を刺激することによって、魂が身体を離れて遊離し浮き上がったような幻覚を作り出すことができた、ということなのである。すなわち、身体の感覚異常が脳の一部の神経回路の変化で誰にでも起こりうることがわかったのである。

 もちろん反論としては、てんかんという特別な症状の人だけに起こったことかもしれない、という論理も成り立つ。しかし、昔から言われてきたように臨死体験者は児童虐待経験者が多いなどという「心理的」見方は、もう通用しなくなったという感が強い。もしこれが正しいなら、それは児童虐待が脳の特定部位を損傷させる、という仮説の方がよほどわかりやすいのである。

 実はこのようなことが言いたくて紹介したのではない。最近、文系の学生で、人の心は絶対わからないものだ(実は、わからないのは君を含めた少数の人だけなんです)、脳科学のことなどわかりたくない(わからないと損をしますよ)、という人が多いのが気になったからである。事実と信念は別物で、科学は事実を記述しているのである。事実を信じないと、フロイトの精神医学のように消え去る運命が待ちかまえているが、それでもいいですか?