反強磁性絶縁体のマグノン励起にみられるスピンテクスチャと異常熱ホール効果

固体物理の表紙(Vol.55 (2020) No.3 (通巻649号))に採用していただきました.
アグネ技術センターの固体物理ページ.
もともとわたしたちのような系統の理論物理はvisualに関しては不利なので, 珍しい出来事で 嬉しく思っています. Kawano-Hotta, Phys. Rev. B 100, 174402 (2019) で展開した理論の一般論を中心にした解説記事です.
理論orientedな内容になってしまいましたが このシリーズの論文は3本出しましたが合計で50 pageくらいあるので それらを読むよりは楽なはずです. 以下 大まかな流れを抜粋してみました.



反強磁性体はスピンが up down up downと交互に並んだ磁気秩序をもっているので正味の磁化がゼロです. 磁場をかけるとスピンが少し傾いて(cantする)磁化を持つのですが強磁性体に比べると どんな向きに向いているのかを 調べたり 磁場などの外場で「操作」することが難しいといわれています. 一方で この特徴が, "漏れ磁場がなく集積化に向いている", "特徴的な周波数が強磁性体に比べて高く テラヘルツ高速通信のplatformになるかも?!" などの理由から 新たなポテンシャルを秘めたスピントロニクス物性の舞台としていま注目されています.
我々はこの「操作」しにくさを解消する手がかりとして, 有効モデルベースで適宜ほしい物性〜たとえば運動量空間のスピンテクスチャ, マグノンホール効果, トポロジカル特性をどんな反強磁性体に関しても自由に簡単に設計できる枠組みのようなものをつくることができました. 何よりよりよいことは 反強磁性絶縁体は 基本的, 教科書的な 実にありふれた物性なのにたたけば埃がでる(よい物質とか物性というものはそういうものです) ことが分かったことです.



まず参照系である電気を流す 電子系では いわゆるスピン-軌道相互作用による多彩な物性 が昔から知られています. 通常の電子状態では各エネルギーバンドの固有状態はup, downのスピンそれぞれが保存量としてwell definedな状態にあって バンドの状態と スピンの向きは 磁場をかけないかぎり相関はありません. ところが スピン軌道相互作用がはいるとup/downのスピンの状態が混成して 各バンドのk点ごとに違った向きのスピンを運んだ状態が生じます. これがいわゆるRashba-Dresselhaus効果です. 式(1)は2バンド系の一般形ですが, このR(k)=0の場合がスピン軌道相互作用がないときで , R(k)が導入されると波数kに応じて 2バンドがsplitしてそれぞれR(k)に平行・反平行な向きにスピンを運びます. バンドを上から見ると各k点のスピンが渦を巻いたような形をつくっています.

これと同じようなことが磁性絶縁体でできないか?が本題となります. 強磁性体ではその励起を担う粒子は電子ではなくマグノンとよばれる スピン-1を運ぶ準粒子です. しかしマグノンのバンドは1つしかないのでこのようなことは起こりません. ところが反強磁性体では, マグノンが2種類できます. 結晶格子でup/downの向きに向いているスピン(MA,MB)がそれぞれ伸び縮みしてできる a-, b-マグノンです. このマグノンはボソンですのでフェルミオンである電子とは全く同じというわけにはいきません. 実際 反強磁性マグノンのバンドは 電子系の2x2バンドの式(1)とは異なり, 4x4のBogoliubov-de-Gennes形式(超伝導のBCSと同じ)の式(2)で表されます. 4x4の行列を対角化して固有値方程式を解くと a,b のマグノンのparticle/holeペアのバンドが2組出てきますがその e>0の部分の 縮退した2バンドがいわゆる線形分散のマグノンバンド です. この2バンドを電子のスピンになぞらえて擬スピンup/downとみなすことで同じことができる、これが基本の考えです. 一見簡単に見えますが真面目に式(4)を解くのは非常に面倒で, というのがこの行列の要素は下手すると20行とか30行くらいの いろいろなパラメタが入った複雑な式になっていて 4x4行列は一般には解析的に解ける保証はないからです.
物理的には, ジャロシンスキー-守谷相互作用(DM相互作用)がくわわるとこれが擬スピン-軌道相互作用になり, a, b-マグノンを混成させます. マグノンは その局所状態密度dA/Bに比例した磁化を運ぶため dA/Bの重みでMA/MBの線形結合をとると, バンドの位置(k)によって スピンの向きおよび大きさが変わります. ここで大きさまで変わってしまうのが電子系と違うところです.
さてこの論文のツボは 4x4を形式的に厳密に2x2におとす Brillouin-Wignerの方法 [Asano-Hotta, PRB 100,245125 (2019)参照] を ボソン系に適用して, 式(4)を式(1)と同等の式(11)に落とし込んだことです. これは相互作用がない場合の摂動論と類似していて, 「resolventのgreen 関数をblock化し, そのblockを記述する有効ハミルトニアンを 導出するとこれが エネルギー固有値eをパラメタとして含んだ 2x2 エルミート行列になっている」 というものです. 厳密なので情報落ちもしていません: 式(11)をといて eを出すとこれは式(4)の4x4の行列の固有値と一致しています.
式(11)が形式的に得られたことによって, 擬スピン相互作用を担う R(k,e)ベクトル の素性を, 元のいかなるハミルトニアンのモデルパラメタからも解析的に 求めることができ, このRのふるまいをしらべることでスピンテクスチャの出方が自然 かつ 簡単にわかるようになります. (計算が楽というわけではありませんが見通しは圧倒的によくなります). 下のチャートがその手続きになっています.


このR(k,e)=(Rx,Ry,Rz) の振る舞いは Bloch球を用いると直観的に説明できます. R(k,e)が北極/南極をむいているときは マグノンはa/b飲みから構成されます. ゆえに MAA/MB向きのスピンを運びます. もしR(k,e)が緯度をたもったままぐるぐるまわるとこれは スピンの向きを伸び縮みさせます. この二つの効果があいまって電子系よりもずっと多彩なスピンテクスチャが生じえるわけです.
さらにスピンテクスチャと結晶格子上でのスピンの向きは密接に関係しているので実験で スピン流測定するとスピンテクスチャの方向がわかり磁化の構造もわかるかも?!というわけです.
このような擬スピン軌道相互作用はDM相互作用に限りません. たとえばスピン液体で有名なKitaev-Heisenberg-Gammaモデルでも 基底状態が反強磁性体の場合がありますがそのときには Kitaev相互作用が華やかなスピンテクスチャをもたらしてくれることもわかりました.
より詳しくは解説記事および論文をご参考ください. Kawanoによる証明もガチで載っています.